音が出せない部屋

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引越しをした


大好きだったおじいちゃんとおばあちゃんの建てた大切なトトロのお家から、川沿いの家に


将来一緒に住むだろうって建てた二世帯住居に今はもう誰も住んでない

おじいちゃんは悲しむのかな

そんな事を考えながら、母が荷造りをしてるのをベットに横たわりながら見る

「ちょっとは手伝ってよ」

私は別に、引っ越ししたくないし。


トトロのお家には沢山の思い出がある

鰹節削り機で鰹節を作ったこと、おじいちゃんの作った味噌汁そうめんを食べたこと、おばあちゃんが用意してくれているみかんを掘りごたつに入りながら食べること、手が黄色くなって笑い合うこと、時々親戚みんなで集まってお寿司を食べたこと、ポメラニアンの犬が遊びに来ること、おじいちゃんとおばあちゃんが天国に行って私達が引っ越してきたこと、手すりのついた階段、受験勉強で過去問と向き合った机、お姉ちゃんが貼った壁一面のポスター、虫がよく出るお風呂場、高校に上がって始めたアコギ、夜中まで大声で歌ってたこと、あげたらキリないや


とにかく、自由に

何も考えずに生活できる場所だった

許される場所


そんな場所から引っ越すなんて、嫌だった

思い出を塗り替えなくちゃいけないみたいで嫌だった


新年、あっという間に私は川沿いのこの家の生活に慣れていた

帰り道なんて絶対覚えないと思ってたけど今は目隠しされてもなんとなくいけるような、そんな感じだ


ただひとつ

音が出せなかった。


上にも下にも

ちょろっとギターを弾いただけで分かりやすく足音が聞こえて来る

まるで 耳障りだからやめろ とでも言うように


無名の私なんかのへたっぴなギター聞きたくないよな。


真夜中の道路堂々と歩いてやった

嫌なことがあったからこのまま轢かれてもだれも悲しまないかなって

そんな時浮かんだ一小節のメロディ

私は帰り道にインスピレーションが降ってくるみたい。

みんなに聞かせる前に私だけのものにしてしまおうかな


「最近よく泣くようになったのも怒ることもできなくなったのも帰る場所を失ったのも、知らなくていいけどさ。僕の愛する人よ」


私は散らかってる部屋がなんだか落ち着くから、言い訳でもあるけど

灯りはいずれ無くなってしまうしカーテンだってつけなくてもいいんじゃない?

音が出せない部屋で浮かんだ一小節のメロディ

みんなに聞かせる前にまあいっかってやっぱり思ってしまうな


「最近君に執着はないけど誰でもいいとかそういう訳じゃないよしよししてよお帰りの意味を、教えてよ。私の愛する人よ」


おじいちゃん、おばあちゃん。

よく川で歌うようになったよ

音が出せない部屋では歌えないからさ